やま茶のライフハック

薬物療法の限界を知り補助療法を模索する薬剤師。薬に頼らないライフハック・メンタルハックがモットー。猫が好き。

腸内細菌業のチカラ〜不安や抑うつへの影響とメカニズム

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こんにちわ、やま茶です。今日は腸内細菌の役割について解説します。

 

100〜1000兆個も腸内細菌はヒトの腸内に常在しています。

 この莫大な数は、ヒトを構成する細胞37兆個をはるかに上回る数字です。

 これらの腸内細菌はヒトの腸内で細菌業(集団)を形成しています。

 これらは私たちが思っている以上にとても重要な役割を担っています。

 今回はその重要な役割とメカニズムを科学的な視点で解説します。

  

 

腸内細菌について〜導入

腸内細菌業は一定のバランスで腸内に常在しています。

 このバランスは個人差もありますし、食事やストレス、年齢に寄って変化します

 一般的には、腸内細菌業の70〜75%はフィルミクテス菌群とバクテロイデス菌群が占めています。

 他にも1000種程度の菌群が一定のバランスを保って常在しています。

 

100兆個もある菌の1つ1つが仲間を作って縄張り争いのように菌業を作っているイメージです。

 では、腸内細菌がどのような役割を担っているのか明らかにするために、腸内を無菌にしたマウス(以下、GF mice, germ free mice)と病原菌以外の細菌のみ常在しているマウス(以下、SPF mice, specific pathogen free mice)を用いて様々な研究がこれまで行われてきました。

 これらのマウスでわかっていることを図で簡略化すると以下のようになります。

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 腸内細菌の役割〜①炎症抑制

乳酸菌の摂取(以下、プロバイオティクス)は、腸管透過性を低下させる機能があると言われています。

ストレスなどで腸管透過性が亢進すると細菌が容易に侵入でき、免疫細胞や神経細胞接触すると炎症が起きたり、神経内分泌システムが活性化してしまいます。

つまり、乳酸菌によるプロバイオティクスは腸管透過性を低下させることで炎症を抑制したり、うつと関係があると言われている神経内分泌システムであるHPA軸の活性を抑制する作用があります

炎症と不安の関連は数多くの動物実験で実証されています。

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病原菌が侵入すると免疫システムを介さずに不安行動を誘発します。

このメカニズムには炎症が関与していると考えられます。

腸管透過性低下  →   炎症抑制 →    抗不安  ということが示唆されています。

また、広域抗菌薬投与で不安行動が減少したことも観察されています。

これは、腸内細菌業のバランスの変化は常に腸筋層間神経業で感知され、腸神経を介して脳へフィードバックされていることと関与していると言えます。

基本的に脳の神経活動はストレス(良くも悪くも)を生じるため、広域抗菌薬投与で腸内細菌を減らすと脳にフィードバックされるストレス(信号)も減るということなのでしょう。

広域抗菌薬投与後数週間で不安行動も元に戻ることが観察されているので、以上のように考察されます。

何れにせよ、菌は耐性化を獲得するものなので、抗菌薬投与で不安が減るというのは一時的なものであり、長期でみると菌交代現象など感染症のリスク(炎症リスク)もあり、不安行動抑制を目的に使用するのは現実的ではないでしょう。

 

ここで大事なのは、腸内細菌業のバランスの変化は脳へフィードバックされていることと、プロバイオティクスは腸管透過性を低下させ炎症を抑制し抗不安作用を有する、そして、HPA軸の活性化を抑制し抗うつ効果も有するということです。

 

幼少期に母子分離を経験した大人のラットにビフィズス菌を投与すると、抗うつ剤シタロプラム)と同様の抗うつ効果が観察された研究も報告されています。

 

 

腸内細菌の役割〜②バリア機能

病原性のあるカンピロバクターを暴露させると不安行動が増えることが報告されています。

これは免疫システムを介したものではなく、感染による炎症が原因だと考えられています。

前述しました通り、腸内細菌群はそれぞれ縄張り争いのようにバランスをとっているので、病原体が少し腸に入ったぐらいでは7割程度占めるとされているフィルミクテス菌群やバクテロイデス菌群に負けてしまいます。

しかし、ストレスなどで腸内細菌業は乱れてしまうので、ストレス下では腸内細菌業のバランスが崩れ縄張りが守れず、腸管透過性も高まり、わずかな病原体の侵入でも感染してしまうこともあります。

腸内細菌業のバランスと中枢神経システムは相互に関連しているということです。

 また、感染により腸内細菌業のバランスが変化することで海馬のBDNFが減少することも観察されています。

BDNFは神経のメンテナンスを担う化学物質で、認知機能を維持するための基盤を支えています。

BDNFの低下により認知機能が歪み、不安行動へ影響しているのかもしれません。

BDNFに関しては有酸素運動で増えることもわかっていて過去の記事に書いていますので興味あればこちらも読んでみて下さい。

 

 

腸内細菌の役割〜③ 代謝機能

腸内細菌は、多糖を分解しグルコースへ変換しています。

抗菌薬投与で、脂肪炎症マーカーが低下し耐糖能が上がったことから、血糖値と腸内細菌業は関連があると言えます。

血糖値の乱高下はイライラといった症状を誘発するため、腸内細菌業のバランスを良質に維持することが大事だといえます。

乳酸菌やビフィズス菌は、グルタミン酸代謝しGABAを産生することがわかっています。

GABAといえば、抗不安作用を有する化学物質のことですが、乳酸菌を与えたマウスの中枢神経のストレス関連領域でGABAの受容体発現が変化し、副交感神経を遮断したマウスでは観察されなかったことから副交感神経を介した経路でこれらに影響しているのではないかと考えられています。

また、詳細はわかっていないですが、GF miceの線条体や海馬でセロトニン合成が増えた報告もあるため、腸内細菌業とセロトニンシグナルも関連があるのかもしれません。

 

ここまでマウスでの研究結果を解説してきました。
ヒトでの腸内細菌業の影響は実際はどうなのでしょうか?
ヒトでの研究は少ないですが、プロバイオティクスの効果を示唆している研究がいくつかあるので紹介します。

 

 

プロバイオティクスの有用性

健康成人を対象に、乳酸菌とビフィズス菌を混合したプロバイオティクス群とプラセボ群を二重盲検でランダムに割付し、30日間の投与の後、メンタルヘルスを評価した試験があります2)。

不安や抑うつ、ストレス、対処行動などを質問票で評価したところ、プロバイオティクスを行った群で有意に心理的苦痛が少なかったという結果が出ました。

 

また、しばしば不安や胃腸障害を合併することがわかっている慢性疲労症候群に注目した研究結果も出ています。

慢性疲労症候群に罹患している方を対象に行われたパイロットスタディでは、2ヶ月間の乳酸菌投与の後、プラセボ群と比較してプロバイオティクス群では有意に不安症状が減ったという報告もあります3)。

 

腸内細菌と免疫についてはテレビなどでも取り上げられることがありますが、腸内細菌と精神症状についてはどうでしょうか?

この記事を最後まで読んでくださった方には、腸内細菌と精神症状がどのように関連があるのか、お分かりになられたと思います。

 

メンタルヘルスケアに腸活を取り入れましょう。

 

以下、参考文献

1) Foster JA, MacVey NeuFeld KA. Trends Neurosci. 2013 May;36(5):305-12.

2) Messaoudi M, et al. Gut Microbes. 2011 Jul-Aug;2(4):256-61.

3) Rao A. V., et al. Gut Pathog. 2009;1:6.

心の知能指数を鍛えよう〜ストレスケアとしての”許し”のステップ

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IQとEQの高い猫



心の知能指数ってなんでしょうか?

Intelligence QuotientがIQと略されるように、心の知能指数は、Emotional Intelligence QuotientでEQと略されます。

心の知能指数が高い人は、自分の感情をコントロールする能力が高いと言われています。また、他人の感情を察する能力も備えています。

つまり、心の知能指数は、他人の感情と自分の感情がぶつからないように他人とうまく付き合っていく能力のことです。

これまでに、他人とぶつかってしまったことがあるという人は多いのではないでしょうか。

特に、職場の対人関係で悩んでる人は多いように思います。

アメリカのビジネスマンは1週間に3時間、または1ヶ月に1日もの時間を職場のストレスや衝突に費やしていると言われています。

ドイツやアイルランドでは、ビジネスマンの10%が週に6時間以上も同僚との意見の衝突やその対応に時間を費やしているというデータもあります。

アメリカではこれらのコストは年間で、約35兆円、日数では385億日にのぼると見積もられています。

職場の対人関係が仕事の生産性にどれだけ影響するか、この数字を見れば一目瞭然ですね。数字を見なくても自分の体験として実感した経験をもつ人もいるでしょう。

上司が何も考えずに言った言葉で部下が威圧感を感じると自分の意見を遠慮するかもしれません。人によっては上司の評価を下げることに尽力するようになるかもしれません。あるいは、仕事に対する熱意を失ってサボるようになるかもしれません。もちろん退職を考える人もいるでしょう。

以上のようなストレスフルな状況を切り抜けるために、EQを鍛えることが有益だという知見があります。

EQの構成要素の1つにForgivenessがあります。日本語では、”許し”に訳されますが、”許し”は対人関係のストレスを緩和させ、メンタルヘルスも予防し、より良い心の状態へと繋がるというエビデンスがあるのです。

“許し”は、ネガティブ感情を解き放ち、わたしたちを傷つけた者に対してポジティブな思考や感情、行動を促進する作用があります。

さらに、”許し”を実践することで、友達や同僚のサポートが得られ、乗り越えるべき障害のハードルが下がるのです。

また、”許し”は、精神活動や認知機能の改善にも関連が示唆されています。

この”許し”を鍛える方法の1つに、”Forgive for Good”という方法があります。スタンフォードフォギブネスプロジェクトでドクターフレデリックラスキンによって開発された方法です。

日本ではあまり馴染みがありませんが、アメリカでは非常に称賛されており、戦争やワールドトレードセンターの9.11の事件で愛する人を亡くした人の心のケアとして活躍している方法です。

ドクターフレデリックが提唱する、“許し”の9つのステップも併せて、”許し”のエビデンスを紹介します。

〜”許し”の9つのステップ〜

以下は”ステップ”なので1から順に段階を踏むことをお勧めします。

Step1. 起こった出来事について自分の感情を正確に把握し、その出来事で何が良くなかったのかを明確にすること。信頼できる人にこれらの経験を話すこと。

Step2. 気分が良くなる行動をすることに専念すること。

Step3. “許し”は、加害者と必ずしも和解しないといけなかったり、その行動を受け入れないといけないわけではない。心の平穏を探すことに専念し、起こったこと全てが自分に原因があると受け取らない。

Step4. 起こったことを正しく認知すること。何が自分を傷つけたのか、ではなく、傷ついた感情や思考から生じる苦悩(心配事や辛い気持ち)を認識すること。

Step5. 辛くなった時にストレス反応を和らげる簡単な方法を知り実践すること。

Step6. 他人や自分の人生に期待しないこと。幸せを定義している自分のルールを認識すること。私たちはそれらを得るために尽力し希望を持つことができることを思い起こすこと。

Step7. 傷ついた出来事よりも自分の目的を達成するための他の方法に注意を向けること。

Step8. 自分なりに全力を尽くしてきたことを思い起こすこと。加害者を思い出して傷つけられた感情に注意を向けるより、自分の周りの優しさや愛を追求することを学ぶこと。

Step9. 辛かった出来事がメインのストーリーを”許し”という勇気ある選択をした自分がメインのストーリーへと作り変えること。

以上を繰り返し練習しましょう。

加害者やその行為に囚われずに、自分の感情の根底にある欲求を大事にし、愛や目標の達成などポジティブなことに注意を向けることが”許し”を実践するということですね。”許し”とは、加害者を許すのではなく、自分のために傷ついた自分を許すという過程のことだとわかりますね。

では、”許し”が健康にどのように影響するのか、1つの知見を紹介します。

〜”許し"のプロセスがストレス関連障害を最小限に抑える〜

2016年に健康心理学に関連する研究を扱う学術誌であるJournal of Health Psychologyに掲載された論文を紹介します。

Effects of lifetime stress exposure on mental and physical health in young adulthood : How stress degrades and forgiveness protects health.

P:米のリベラルアーツを専攻する中規模の大学キャンパスからリクルートされた148人の若年者(54%が女性)が対象者である。

EC:The Heartland Forgiveness Scale(HFS)に基づく“許し”特性が高かった人とそうでなかった人、The STRAINによるストレス評価が高かった人とそうでなかった人、また、ストレスד許し”特性の相互作用が高かった人とそうでなかった人のメンタル疾患との関連を評価。

O:強いストレスな出来事を経験した人ほどメンタル疾患と正の関連が強く、”許し”特性はメンタル疾患と負の相関が得られた。また、強いストレスな出来事を経験した人ほど”許し”特性と負の相関があった。より”許し”特性が高かった人ほどストレス疾患との関連性は弱かった。

ストレス評価では、11のライフ項目(生活環境・教育・仕事・健康・パートナー・性生活・経済状況・従順・死・人生を脅かす状況・所有)に分けて評価されています。

“許し”特性って何でしょうか?これはHFS(←こちらから質問表をダウンロードできます)を見ていただければわかります。

HFSは、ネガティブな状況下でその人がどのように反応するかをスコア化したものです。

つまり、”Forgive for Good”の9つの”許し”ステップを実践することで”許し”特性を高めることができます。

研究の結果でも示されているように、強いストレスな出来事を経験した人ほど”許し”特性が低いこと(”許し”特性が低いから出来事に強くストレスを感じたのか、という因果までは評価できませんが)から、9つのステップはこれを補うのに良いツールとなるかもしれません。

※ 英文は意訳しているので一部省略している箇所もあります

〜参考文献〜

Toussaint L, Luskin F, Aberman R, DeLorenzo A Sr. Is Forgiveness One of the Secrets to Success? Considering the Costs of Workplace Disharmony and the Benefits of Teaching Employees to Forgive. Am J Health Promot. 2019 Sep;33(7):1090-1093.

Toussaint L, Shields GS, Dorn G, Slavich GM. Effects of lifetime stress exposure on mental and physical health in young adulthood : How stress degrades and forgiveness protects health. J Health Psychol. 2016 Jun;21(6):1004-14.

精神疾患を持つ患者さんに運動療法を処方したい理由

 

 

 

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運動が身体に良いことは共通の認識だと思います。
では、運動がメンタルヘルスにも良いことはどうでしょうか?なんとなく知っているけれど具体的にどう影響があるかまで把握していない方が多いのではないでしょうか。こちらで、運動によるメンタルヘルスへの影響をざっとおさらいしていきましょう。

〜運動の抗うつ効果〜

運動の抗うつ効果は実はここ30年間盛んに研究されています。”physical activity”や”exercise”で論文サイトを検索すると大量に研究結果が上がってくるくらいです。その中での科学的なコンセンサスを紹介しましょう。
現在、科学研究で明らかになっているのは、運動は抑うつ状態を改善するだけでなく自尊心を高め、気分を良くし、不安も改善します。また、ストレスへの抵抗を高め、認知機能、睡眠の質を改善するとも言われています1)

ここでは2つ論文を紹介しておきます。以下で使用するPECOは、P:患者(patient)または参加者(participants)、E:介入(exposure)、C:比較対象(compared)、O:結果(outcome)を意味しています。

フィンランドで行われた横断研究2)で、運動の頻度とメンタルヘルスに相関があるかを調べた研究です。
P:25〜64歳の3403人のフィンランド人(女:1856人、男:1547人)
E:運動習慣や心身の健康状態のアンケートと、抑うつや不安、不信感・ストレス処理能力(SOC)などのスケールチェックの実施
C:週に2回未満の運動習慣の人
O:週に少なくとも2、3回の運動習慣がある人は有意に抑うつ・怒り・不信感・ストレスが少なかった。また、ストレス処理能力(SOC)や社会との繋がり感も高い傾向にあった

次に、オーストラリアからの若年者のうつ病患者を対象にしたクロスオーバー研究3)です。
P:68人(平均年齢は20.8歳)のうつ病の診断基準(DSMⅣ)を満たした患者
E:12週のモチベーション面談によるフォローと複数の運動プログラム(ランダムに割当)を交互に行う
C:介入前後
O:どちらも、介入後において抑うつ症状を有意に改善した。運動プログラムの後では有意にネガティブ思考が改善し、活動力が向上した。

この論文は実際に患者さんを対象とした論文で運動の抗うつ効果が観察されています。著者らは、運動療法は、心理療法と同様に悲観的な認知や心理面の改善を示し、心理療法とは異なった側面から効果を発揮すると結論づけています。つまり、心理療法と併用するとさらなる相乗効果が期待できそうですね。


家にこもって不安やうつに悩んでいる人はぜひ運動を取り入れてもらいたいと思います。最初から活発に運動する必要はありません。10分間の散歩など、出来ることから行動にうつすのが大事です。自尊心が低いとストレスに対する抵抗が弱く不安になりやすいですし、ストレスや不安は思考を妨げ判断力を鈍らせ、認知も歪めます。また不眠を招き、睡眠の質も下げます。運動をきっかけに負の連鎖を断ち切って欲しいと思います。

薬剤師としても、患者さんと関係性が築けたら積極的に運動を推奨したいですね。

運動療法の安全性と注意点〜

運動療法の安全性については米国スポーツ医学会(ACSM)4)が次のように提唱しています。

結論から言うと、ウォーキングや軽い有酸素運動の安全性はとても高いと言えます。しかし、以下のことは守ることを推奨します。

運動療法で一般的によくある副作用は、筋骨格系の損傷、稀なものには横紋筋融解症等があります。前者はBMIが高めの人は特に注意が必要です。後者は運動に慣れない人が暑い環境で激しい運動をすることで起こりやすくなると言われてます。骨格筋系の損傷に関しては、ウォーキングや軽い有酸素運動よりも、競技や激しいランニングなどで起こりやすいと言われています。運動に慣れてない方や激しめの運動をする方は、ウォーミングアップとクールダウンを行うこと、ストレッチを行うこと、徐々に運動量を増やすこと等で運動によって起こる怪我を予防できます。心血管系や呼吸器系の疾患を持つ人は、症状のサイン(脈がとぶや動悸、強い息苦しさ等)に注意して慎重にウォーキング等の軽めの運動を行うことをおすすめします(その際は必ず主治医に相談をして下さい)。

運動の強度は個人差がありますので心拍数を参考にすると良いです。適度な軽い有酸素運動は、220-年齢の6~7割程度の心拍数で行うことを目安にして下さい。

軽めの有酸素運動は、薬物療法と比べるとかなり安全であると私も強く思います。ACSMには記載はありませんでしたが、個人的にしっかり栄養をとることをおすすめします。運動をしていなくても大事なことですが、運動を始めるならば、1日3食(十分食事で補えないならプロテインサプリメントを活用して)しっかりタンパクとビタミン、鉄はとりましょう。また、プロテインサプリメントに頼りすぎず1日3食は必ず食べるようにしましょう。この辺の栄養療法は後日こちらでも書けたら良いなと思います。

また、身体に不調がある場合は、その根本的な原因の改善にも努めましょう。運動には体調を整える作用はありますが、ある問題によって不調が続くならば根本的なところを取り除かないといけません。ストレスに晒されている場合は、その原因を分析し自分で変えれるところは変えましょう。生活習慣も見直し、しっかり睡眠をとる等、規則正しい無理のない生活を送れるよう努めましょう。あとは、焦らずに時間が経つのを待ちましょう。回復には時間が必要です。

〜運動がもたらす影響の科学的なメカニズム〜

まず、私たちの脳はどのようにして機能しているのでしょうか。これははっきりしていないことが多いのですが、これまでにわかっていることを中心にお伝えまします。

脳の活動は、神経細胞の情報伝達を基礎に行われています。ヒトの神経細胞は1000億個程度あると言われていますが、これらの一部が活発に神経伝達物質(グルタミン酸ガンマアミノ酪酸; GABAやドーパミンセロトニンノルアドレナリン等)を介して情報伝達を行っています。

脳細胞は老化やストレスによって萎縮していき、神経伝達が衰える一方で、運動や思考によって新生し神経伝達が活発になると言われています。

運動がここまで注目されているのは運動することで脳由来神経伝達物質(BDNF)が増えることが発見されたからです。BDNFは、文字通り神経の栄養素のような役割を担い、神経細胞のメンテナンスや神経の成長を促す作用があります。つまり、神経細胞が神経伝達を行いやすいように環境を整えていると考えてよいと思います。

BDNF以外にも、運動には神経伝達物質を増やす効果があります。セロトニンの分泌を促すことで気分が安定し、ノルアドレナリンドーパミンの分泌を促すことで、意欲や集中力の向上も期待できます。

持続的な運動はBDNFを増やしますが、短時間のちょっとした運動でも神経伝達物質は増えますので、走った後にスッキリする感覚はこの神経伝達物質による作用だと言えます。

運動することによって分泌されるセロトニンなどの神経伝達物質は、ストレスや不安の影響を修正し、思考が歪められるのを防ぎます。もちろんこれらによる修正以外にも、BDNFによって脳の神経細胞のメンテナンスが行われ、脳の活動の基盤を強化し、記憶力や集中力アップの手助けをします。運動後に脳を使うと学習効果も上がるのです。

思考することが意欲や学習を通して身体活動に影響を与えるように、身体活動自体もこれらの機序によって思考に影響する、つまり、相互に影響し合っているのです。

有酸素運動の普及に貢献した精神科医であるジョンJ. レイティの言葉5)を借りれば、わたしたちの行動や思考や感情はすべて、ニューロンうしの繋がり方によって決まり、わたしたちの思考や行動や環境がニューロンの繋がり方にフィードバックし、それを変えていく、脳の配線は絶えずつなぎ直されている。つまり、運動することは脳のフィードバックにあたり、脳の配線をつなぎ直したり新しい配線を作りたければ運動は欠かせないと言えます。

〜具体的な運動量や頻度は?〜

ACSMによる提言4)では、30分を週5または、週に150分の適度な有酸素運動(苦しくない程度の強度)を推奨しています。以上は心血管系のリスクや死亡率の減少と関連しているという報告から参考にしています。運動に不慣れな方には推奨できませんが、上記の推奨は、20分の激しい運動を週3の頻度で行うことと同等であるとも記載されています。また、週に2〜3回の2~4セットの筋力トレーニング、ヨガなどのバランス運動も推奨しています。BDNFや神経伝達物質は、運動量に比例して増えますので、普段から運動習慣のある方は、20分に4回30~60秒程度強い強度で走るなどのインターバルを取り入れてみても良いでしょう。

運動習慣のない人はまずは、週に150分の軽い有酸素運動から始めてはどうでしょうか? その際は、複数のストレッチを2~4回10~30秒程度、繰り返し行うことを忘れずに。心拍数もチェックしましょう。

〜参考文献〜

1. Dr Kenneth R Fox. The influence of physical activity on mental well-being. Public Health Nutrition. 1999: 2(3a), 411–418.

2. Hassmen P, Koivula N, Uutela A. Physical exercise and psychological well-being: a population study in Finland. Preventive Medicine. 2000, Jan;30(1):17-25.

3. Nasstasia Y et al. Differential treatment effects of an integrated motivational interviewing and exercise intervention on depressive symptom profiles and associated factors: A randomised controlled cross-over trial among youth with major depression. J Affect Disord. 2019 Dec 1;259:413-423.

4. Garber CE et al ; ACSM. American College of Sports Medicine position stand. Quantity and quality of exercise for developing and maintaining cardiorespiratory, musculoskeletal, and neuromotor fitness in apparently healthy adults: guidance for prescribing exercise. Med Sci Sports Exerc. 2011 Jul;43(7):1334-59.

5. ジョンJ. レイティ, 他2名(2014). 「脳を鍛えるには運動しかない!最新科学でわかった脳細胞の増やし方」. 野中香方子(訳). NHK出版.

幸せについて〜科学的な観点から〜

 

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最近、「ポジティブ心理学」や「ポジティブ精神医学」なる領域に興味を持ち、いくつか本を読んだりインターネットで調べてみた。

「心理学」や「精神医学」はこれまで精神疾患の治療に、つまり、患者さんの苦しみを和らげることに焦点を当てた学問である。

こちらでは、患者さんも含む全ての人をより幸せにするための学問である「ポジティブ心理学」の概要の一部について紹介します。

最初に重要なことを述べておくと、ポジティブ心理学の創設者である、マーティン・セリグマンは、「人の苦悩や不幸を和らげるようにしてもその人が幸せにはならない。マイナスからゼロになるだけだ」と主張する。つまり、ネガティブ感情を排除するだけでは幸せにはなれないのである。これは、ネガティブ感情とポジティブ感情は別の軸で存在していると言えます。

では、幸せとは何なのか。どうしたら幸せになれるのか。

ポジティブ心理学では100%の幸せという概念ではなく、ウェルビーイング(より良い状態を追求し続ける)を目標にしていますがここでは「幸せ」という言葉を使います)

簡単に言うと、ネガティブ感情を少なくしてポジティブ感情を増やしていくことです。ポジティブ感情を増やしていくということは、普段頭の中にあるネガティブ感情の割合を減らしていくことにも繋がります。普段からネガティブ感情に悩まされている方は特に必見ですね。

セリグマンは、3つの異なる幸せについて説明しています。

1つ目は、快楽を追求すること。2つ目は、夢中を追求すること、3つ目は意味のある人生を追求することです。

以下、科学的な根拠も併せて3つの幸せについてお話しましょう。

①快楽の追求
これは文字通り快楽を増やすことです。しかし、このポジティブ感情は一部遺伝もあると言うことと、慣れが生じてしまい継続することが難しいと言われています。セリグマンは、「快楽を”意識して”味わったり、選択的にそこに意識を向ける技術を習得することで、 15〜20%多めにポジティブ感情を増やすことができる」と主張しています。ただし、”慣れ”の問題があるので、様々な楽しいことにトライするのが良いかもしれませんし、普段見逃していた小さな幸せを見つけて味わうのも良いでしょう。また、感謝もポジティブ感情になりますので、日頃から感謝の気持ちを大切にし、味わうことも快楽の追求と言えるでしょう。
②夢中の追求
これは、夢中になれる何かをすることです。仕事であればより良いのですが、趣味でも何でもよいとされています。”夢中”というのは”時間を忘れること”、セリグマンの言葉を借りるなら”フロー状態に入ること”です。みなさんも経験あるかと思います。何かに没頭していたら時間を忘れていた、というあの感覚です。このフロー状態を手助けするには、自分の強みを生かすことが良いと言われています。夢中になれること+自分の強み(長所)がより強いフロー状態を生み出すということです。自分について分析し、強みを活かす計画を立てて、日常生活に取り入れていきましょう。
③意味のある人生の追求
先ほど、夢中を追求することについて言及しましたが、そこに意味を持たせると相乗効果に繋がります。つまり、自分の強みを理解して、それを自分より大きな”何か”に捧げることです。自分の強みを他人のために捧げることほど幸せを感じることはないでしょう。セリグマンも「楽しいことを追求するより、他人のために何かをすることの方が効果が長続きする」と主張しています。これは科学的にも証明されている事実です。

以上がセリグマンの主張する3つの異なる幸せです。

では、人生の満足にこれらの幸せはどのくらい関係するのか?

①快楽の追求は、やはり持続するものではないため残念ながら、人生の満足とはほとんど関係しないということが証明されています。

ここにきて、「え、じゃあ快楽を追求する意味はあるの?」とお思いになるかもしれません。しかし、これは後に関係してきます。

人生の満足に最も強力に関係していると証明されたのは、③意味のある人生を追求することでした。また、②夢中の追求も人生の満足に強く関係があることが証明されました。

これらの3つは異なる幸せかもしれませんが、完全に独立しているわけではありません。それぞれ相互に影響し合っている部分があります。これらの3つを組み合わせることはとても強い相乗効果を生むのです。

①快楽の追求は、②夢中の追求とセットになることで人生の満足に貢献することが証明されています。つまり、自分の強みを生かして夢中になれることに意味を持たせることと、楽しいことがセットになれば、最強の幸せと言えるのではないでしょうか。

以上がみなさんに知ってもらいたいセオリーです。

実践できることから積み重ねて、自分の強み・長所を理解し、周りの人・他者のためにそれらを活用していきましょう。快楽だけを追求するよりも自分の行為で他者を喜こばせることはポジティブ感情を長続きさせ、人生の満足度にも貢献するのです。

以下、参考文献

前野隆司「実践 ポジティブ心理学 幸せのサイエンス」PHP研究所, 2017年.